次期ローマ教皇を決める秘密選挙「コンクラーベ」の舞台裏 知られざる伝統と驚きのエピソード

 「白い煙が出た!」――この一報がバチカンから発せられると、世界中が息を呑む。カトリック教会の新たな指導者が選ばれた瞬間だ。フランシスコ教皇が2025年4月21日に88歳で死去したことを受け、5月7日から始まる次期教皇選挙「コンクラーベ」に世界の注目が集まっている。この秘密に包まれた儀式の裏側には、知られざる驚きのエピソードや厳格な伝統が息づいている。本記事では、映画化されるほど人々を魅了するコンクラーベの舞台裏に迫る。

コンクラーベの由来は「鍵付きの部屋」?壮絶な選挙の歴史

 「コンクラーベ」はラテン語で「鍵とともに」を意味する”cum clavi”に由来する。この名称には、驚くべき歴史的背景がある。実は「鍵をかけられた状態」という意味には、選挙を強制的に進めさせるという切実な理由があったのだ。

1268年、教皇クレメンス4世が死去した際、次の教皇を選ぶ選挙が前代未聞の膠着状態に陥った。枢機卿たちが決断できずに3年近くも議論を続けたため、ビテルボの住民たちはついに怒りを爆発させた。彼らは枢機卿たちを会議場に閉じ込め、鍵をかけ、屋根を取り外し、食料をパンと水だけに制限するという強硬手段に出たのだ。まさに「鍵付きの監禁状態」が、コンクラーベの原点なのである。

この強制措置の結果、ようやく1271年にグレゴリウス10世が選出された。教皇になった彼は、このような長期空位を防ぐため、枢機卿たちを閉じ込める方式を正式に制度化し、さらに3日たっても決まらなければ食事を1日1食に減らし、8日を過ぎるとパンと水だけにするという恐るべきルールまで設けた。まさに「飢えさせて決めさせる」作戦である。

ミケランジェロの天井画の下で繰り広げられる政治劇

 コンクラーベが行われる場所は、あのミケランジェロの「最後の審判」で有名なシスティーナ礼拝堂だ。かつては選挙期間中、枢機卿たちはこの礼拝堂から一歩も外に出ることが許されなかった。しかし、現在は少し緩和され、枢機卿たちはバチカン内のサン・マルタ館という宿舎で寝泊まりし、投票のときだけシスティーナ礼拝堂に集まる形式となっている。

とはいえ、秘密保持のための厳戒態勢は現代も健在だ。枢機卿たちは外部との連絡を一切禁じられ、携帯電話やインターネットの使用は不可能。さらには、盗聴や通信を防止するためのジャミング技術まで駆使されている。この秘密選挙についての情報を外部に漏らした枢機卿は破門(教会からの追放)という重い罰を受けることになっている。

煙の色に隠された秘密のレシピ

 コンクラーベの最も有名な風物詩といえば、システィーナ礼拝堂の煙突から立ち上る煙だろう。新教皇が決まれば白い煙、まだ決まらなければ黒い煙を上げるというこの伝統には、実は化学的な秘密がある。

黒煙は過塩素酸カリウム、アントラセン(石炭タールの成分)、硫黄の混合物を投票用紙と一緒に燃やして作られる。一方、白煙は塩素酸カリウム、乳糖、クロロフォルム樹脂の混合物が使われる。この「煙のレシピ」は長年秘密にされていたが、2013年のコンクラーベでようやく公開された。

かつては湿らせたわらを使って煙の色を変えていたが、1958年のコンクラーベでは煙が灰色になり、外の人々を混乱させたという失敗談もある。その後、軍用の照明弾や化学添加物なども試されたが、枢機卿たちを病気にしてしまったというオチまである。現在は安全なカートリッジ方式が採用されている。

知られざる食事の裏話と毒見の歴史

 コンクラーベ中の食事には、歴史的に様々な制限があった。かつては選挙が長引くにつれて食事の質を下げるというある種の「拷問」が行われていたが、1300年代半ばに緩和され、スープ、魚、肉、卵のメインディッシュ、チーズやフルーツを含むデザートが許されるようになった。

しかし、食事を通じた外部との密通や毒殺を防ぐため、徹底的な監視体制も敷かれていた。16世紀の教皇の料理人バルトロメオ・スカッピの著書によれば、蓋つきのパイや鳥の丸焼きは禁止され(中に手紙が隠せるため)、飲み物は全て透明な瓶で提供され、ナプキンは畳まれず開いた状態で運ばれていた。現代のコンクラーベでは、修道女たちが地元の料理、子羊の串焼き、パスタ、ゆでた野菜などを準備している。

教皇服の3サイズ用意と「涙の部屋」の秘密

 新教皇が選ばれると、すぐにバルコニーに出て群衆に姿を見せなければならない。しかし、誰が選ばれるか分からないため、あらかじめ大・中・小の3つのサイズの白い教皇服が用意される。同様に、靴も約10足のサイズ違いが準備されるという徹底ぶりだ。

教皇に選ばれた枢機卿は「涙の部屋(Room of Tears)」と呼ばれる特別な部屋に案内され、そこで教皇服に着替える。この部屋が「涙の部屋」と呼ばれるのは、選ばれた人物が重責を担うことになり、悲しみのあまり涙を流すからだといわれている。教皇という地位がいかに重く、孤独なものであるかを象徴するエピソードだ。

「蜂の群れ」と「チェスの8手先読み」-神の導きを示す不思議な出来事

 コンクラーベには不思議な出来事も多く伝えられている。1623年のコンクラーベでは、投票中に突然蜂の群れが部屋に侵入し、バルバリーニ枢機卿の周りに集まったという。興味深いことに、この枢機卿の紋章には3つの蜂が描かれていた。さらに、その蜂たちは教皇の冠(ティアラ)の形を作ったという。枢機卿たちはこれを神の啓示と捉え、2日後にバルバリーニ枢機卿がウルバヌス6世として選出されたという。

また、最近の映画「教皇選挙」では、亡くなった前教皇がチェスで「8手先を読む」ように、次の教皇選びを巧妙に仕組んでいたという興味深い設定が描かれている。前教皇は次の教皇にふさわしい人物を見抜き、その人物が選ばれるよう様々な伏線を張り巡らせていたというのだ。フィクションではあるが、コンクラーベという閉鎖空間で繰り広げられる人間ドラマを象徴している。

2025年のコンクラーベ-ローマはすでに観光客で溢れかえる

 5月7日から始まる2025年のコンクラーベは、すでに世界中の注目を集めている。バチカンの煙突を見守るため、何十万人もの訪問者がローマに押し寄せると予想されている。実際、アメリカからローマへの航空券検索は345%増加し、メキシコからは驚異の1000%増加を記録しているという。

映画「教皇選挙」の公開もあり、コンクラーベへの関心は一層高まっている。この映画では、システィーナ礼拝堂での枢機卿の席順や着ている衣装にも映画的なアレンジが加えられていることが監督自身によって明かされている。

神秘と現実が交錯する伝統儀式

 コンクラーベは時代とともに変化しながらも、その神秘的な性質は変わらない。外部からの圧力や介入を遮断し、神の導きを純粋に受け取るための仕組みとして数世紀にわたり洗練されてきた。

枢機卿たちが投票用紙に手書きで記入し、その紙が燃やされ、煙となって天に昇る-この古式ゆかしい儀式は、現代のデジタル社会にあって不思議な魅力を放っている。5月7日、バチカンの扉が閉ざされ、世界は再び白い煙を待ち望むことになる。誰が次の教皇となるのか、神のみぞ知る。その答えを知るまで、私たちはあの煙突から立ち上る煙の色に注目するしかない。

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