驚異の世界1350万部突破『嫌われる勇気』成功の舞台裏と知られざるエピソード

 2013年12月、日本の出版界に静かな革命が起きました。岸見一郎と古賀史健の共著『嫌われる勇気』がダイヤモンド社から刊行されたのです。当初はそれほど大きな話題にならなかったこの本が、いまや世界1350万部を突破する驚異的なベストセラーとなりました。国内でも300万部を超え、40以上の国と地域で翻訳され、まさに世界的な現象となっています。今回は、発売から10年以上経った今もなお売れ続ける『嫌われる勇気』の知られざる舞台裏と成功の秘密に迫ります。

岸見一郎と古賀史健の奇跡の出会い

 『嫌われる勇気』が世に出るきっかけとなったのは、ライターの古賀史健が岸見一郎の『アドラー心理学入門』を読んだことでした。古賀氏は感銘を受け、多くの友人にこの本を薦めたといいます。そして知り合いの編集者に、岸見氏と一緒に本を出したいと掛け合ったのですが、最初は賛同を得られませんでした。

この企画が実現したのは、ダイヤモンド社の編集者との出会いがあったからです。当時はアドラー心理学はほとんど知られておらず、フロイトやユングと並ぶ「アドラー心理学入門」の一人とされるアルフレッド・アドラーの名前すら、日本ではマイナーな存在でした。

岸見氏と古賀氏の対談によれば、二人は本の構成について何度も話し合いを重ね、最終的に「青年と哲人の対話篇」という物語形式を採用することに決めました。この選択が、後の大ヒットの重要な要因となります。

タイトルの裏に隠された真意

 「嫌われる勇気」というタイトルは、多くの人に誤解されてきました。積極的に嫌な人になりましょう、という意味ではないのです。

本当の意味は、「自分の人生を自由に生きるためには、時には嫌われてもいいと自分を信じて自分で生き方を選択する勇気も必要だ」ということです。どう生きても全ての人に好かれることはできないのだから、嫌われることを恐れて納得しないまま従い続けるのは、他人の人生を生きることになってしまう。そうではなく、自分の生き方を貫くことの大切さを説いているのです。

岸見氏は「アドラーの思想は時代を半世紀、あるいは一世紀先駆けしているといわれることがあります。シンプルでありながら、常識を超えた新しい思想だからです」と語っています。

なぜ読者の心を捉えたのか

 『嫌われる勇気』がヒットした理由は複数あります。

第一に、対話形式で書かれていることが挙げられます。本書は青年と哲人の対話篇という形式を採用しており、小説のようにストーリー性を持たせていることが、読書をあまりしない人にも読みやすく感じられる要因となりました。

第二に、難しい言葉を使っていないことです。哲学書や心理学の専門書にありがちな難解な用語を極力避け、誰にでも理解できる平易な言葉で書かれています。

第三に、表面的なノウハウ本ではなく、人生の本質に迫る内容であることが挙げられます。青年が哲人の回答に反論したり異論を唱えたりする展開が、読者自身の疑問を代弁し、深い理解へと導いています。

「アドラーの教えは、澄んだ湖のように明快で分かりやすい」と岸見氏は語っています。例えば「自由とは他者から嫌われること」という一見衝撃的な言葉も、他者から嫌われないように生きようとすると、常に自分を他者に合わせなければならなくなり、自分自身の人生を生きることができなくなるという深い洞察を含んでいるのです。

アドラー心理学の核心

 『嫌われる勇気』が伝えるアドラー心理学の核心は、「世界はどこまでもシンプルである」という考え方です。トラウマを否定し、「今の自分が不幸だと思うのならば、不幸であることを自ら選んでいる」という挑発的な主張は、多くの読者に衝撃を与えました。

また、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、他者が変わることや状況が変わることを待つのではなく、自分が最初の一歩を踏み出すことの重要性を説いています。

このように、アドラー心理学は「他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学」なのです。

驚異的なロングセラーへの道

 『嫌われる勇気』は発売から10年経った今でも売れ続けています。このような異例のロングセラーとなった背景には、口コミの力がありました。

「人生を一変させるほどの衝撃がある」と話題になり、アドラー関連本も次々と出版され、アドラー心理学に世間的な注目が集まるきっかけともなりました。

2014年にビジネス書ランキングの年間2位、2015年には1位を獲得し、年間ベストセラーランキング(ビジネス書、トーハン調べ)では、2014年から2022年まで史上初の9年連続でトップ10入りを果たしています。さらに2020年上半期にはコロナ禍の中で再びランキング2位に返り咲くなど、その人気は衰えを知りません。

世界に広がるアドラーの教え

 日本での大ヒットを受けて、『嫌われる勇気』は世界中で翻訳されました。韓国では2015年の年間ベストセラー1位を獲得し、中国では250万部を突破。欧米圏でも次々と翻訳が進み、現在では40以上の国・地域・言語で読まれています。

アメリカの読者からは「本書と出会ったことで、私はより積極的に希望をもって人生を送れるようになった」、台湾の読者からは「複雑な人間関係を整理するうえでとても役に立ちます。いわば『心の整理術』を教えてくれる本」といったコメントが寄せられています。

特筆すべきは、『嫌われる勇気』が海外も含めれば、幻冬舎から出版された『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称「もしドラ」)の国内発行部数275万部を超え、歴代1位になっていることです。

メディア展開と社会現象

 この本の影響力は書籍だけにとどまりません。2015年には舞台化され、2017年にはテレビドラマ化(フジテレビ系)されました。ドラマでは主人公の設定が刑事に変更されるなどアレンジが加えられましたが、これに対して日本アドラー心理学会が「アドラー心理学理解は日本及び世界のアドラー心理学における一般的な理解とはかなり異なっている」として抗議文を出すという一幕もありました。

また2019年にはオーディオブック化され、Audibleの「2020年オーディオブックランキング」で1位になり、アメリカでもオーディオ版がヒットしています。

古賀氏は自身のnoteで「忘れていたエピソードもたくさんあったけれど、いま読んでもじゅうぶんにおもしろいし、いまの時代にこそ読まれてほしいし、実際に読まれている」と10年の歳月を振り返っています1

終わりに:これからの10年

 「嫌われる勇気」というタイトルは、単なる自己主張や他者無視を推奨するものではなく、自分の生き方を自分で選び取る勇気の大切さを伝えています。その真意を理解した読者たちの共感が、この本を世界的なベストセラーに押し上げました。

岸見一郎氏は「この世界を変えたいというアドラーの願いの実現に貢献できているとしたら嬉しいです」と語り、古賀史健氏も「これからも世界中の『青年』たちに読み継がれることを願っています」と述べています。

今後も『嫌われる勇気』は、多くの人々の人生に影響を与える名著として読み継がれていくことでしょう。もしまだ読んでいない方がいれば、ぜひこの機会に手に取ってみてはいかがでしょうか。あなたの人生観を変える一冊になるかもしれません。

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