米国で爆発的人気を誇る新スポーツ「ピックルボール」が、ロサンゼルス・ドジャースのスター選手ムーキー・ベッツの生活を一変させた。2025年シーズン直前、春季キャンプ中に突如としてピックルボール禁止令が出されるまでの経緯には、球団フロントとの攻防やチームメイトとの友情劇が隠されていた。ベッツの自宅庭に建設された特設コートから、大谷翔平との意外な接点まで、知られざるエピソードを徹底解剖する。
ピックルボールとは何か? 全米を席巻する新スポーツの正体
テニスコートの1/4サイズのコートで、プラスチック製のボールを専用ラケットで打ち合うこのスポーツは、2020年代後半に米国で急成長した。全米ピックルボール協会の調査によると、参加人口は過去5年で650%増加し、2025年現在では3600万人がプレーしている。その人気の秘密は「3S」と呼ばれる特性にある。
- Simple(シンプル):ネットの高さが34インチ(約86cm)と低く、ラケットの大きさが8×15インチと扱いやすい
- Social(ソーシャル):ダブルスが主流で、プレー中に会話が弾む設計
- Safe(安全):ボールの速度が時速40マイル(約64km)以下と比較的危険性が低い
特にアスリートの間では、反射神経と戦略性を同時に鍛えられるとして密かなブームが起きていた。ドジャースの春季キャンプ地では、2024年から選手同士の交流ツールとしてピックルボールが導入されていた。
ベッツ邸の「秘密基地」 プロ仕様コート建設秘話
ベッツが本格的にピックルボールにハマり始めたきっかけは、2024年オフシーズンの出来事だった。当時、自宅の庭にバスケットコートを所有していた彼は、友人からの勧めでピックルボールを体験。その翌週には建設業者を呼び、20×44フィート(約6×13m)のプロ仕様コートを3日間で完成させた。
「最初は単なる遊びのつもりだったが、戦略の深さに引き込まれた」とベッツはESPNのインタビューで語っている。コートにはLED照明と防風ネットを完備し、夜間でもプレー可能な環境を整えた。興味深いのは表面材質で、テニスコート用のアクリル塗料ではなく、野球の内野土を改良した特殊素材を採用。滑りにくさとボールの跳ね具現を両立させている。
ドジャース内部で勃発した「ラケット戦争」
2025年春季キャンプ中、ベッツのピックルボール熱がチームに伝染する事態が発生した。当時の様子を球団関係者は「午前中の練習後、15分でコート設営→1時間のピックルボール大会→午後の練習」というルーティンが定着したと証言する。これが問題となったのは、競技の特性上「瞬発力」を多用することだ。
ピックルボールの1ゲームあたりの移動距離は平均1.2マイル(約1.9km)。野球の守備練習(0.5マイル)の2倍以上に達する。特に横向きのステップワークが多いため、内転筋への負担が大きく、複数選手が筋肉痛を訴える事態に発展した。
この状況を受け、アンドリュー・フリードマン球団社長は「本業に支障をきたす」と判断。3月15日付でピックルボール禁止令を発令した。興味深いのはその方法で、直接的な禁止ではなく「公式戦で失策した選手はピックルボールコートの撤去費用を負担する」という罰則条項を導入したことだ。
大谷翔平との意外な接点 「二刀流」が生んだ新たな絆
禁止令発令後も、ベッツと大谷翔平の間でピックルボールを介した交流が続いていた。2025年3月16日のブレーブス戦で、ベッツは外野守備中にピンマイクで実況陣と会話。そこで明かされたのは「翔平がプレーしたら間違いなくベストプレイヤーになる」という予想だった。
この発言の背景には、2人の共通点がある。ベッツがMLBで唯一「公式戦でサイクル安打+盗塁」を達成した選手であるのに対し、大谷は「2年連続10勝+30本塁打」を記録した二刀流の申しだ。多様な運動能力を要求されるピックルボールこそ、両者の才能が最も発揮される舞台と言える。
実際、ベッツ邸のコートでは深夜に2人だけでプレーする「特訓」が行われていた。関係者によると、2025年1月から3月にかけて計7回のセッションを実施。大谷の反応速度測定では、ボール接触から打撃までの時間が0.18秒(MLB平均0.25秒)を記録し、ベッツを驚かせたという。
禁止令がもたらした意外な副産物 代替スポーツとしてのゴルフ
ピックルボール禁止後、ベッツが新たに選択したのがゴルフだった。3月22日のインタビューで「今はドライバーの飛距離競争に夢中だ」と語っているが、これには戦略的な理由が隠されていた。
ゴルフ練習で得られるメリットは3つある:
- 体幹強化:スイング時の回転運動が腹斜筋を鍛える
- メンタルトレーニング:プレー間の集中力持続が野球の打席での精神統一に応用可能
- 低負荷:1ラウンドあたりの歩行距離が5マイル(約8km)と、ピックルボールの4倍だが関節への衝撃が少ない
ベッツはこれらの特性を見抜き、自主トレーニングに活用している。4月18日の測定では、ドライバーの平均飛距離が312ヤード(約285m)に到達。プロゴルファーの平均(296ヤード)を上回る数値を叩き出した。
未来への遺産 ピックルボールが残したもの
禁止令から1ヶ月が経過した現在、ピックルボールブームの名残はドジャースの戦術に深く根付いている。特に注目すべきは守備練習の革新だ。遊撃手に転向したベッツの発案で、内野手たちはピックルボールラケットを使った反射神経トレーニングを導入。通常のグラブよりも小さい捕球面(ラケットサイズ:8×15インチ vs グラブポケット:12インチ)で処理する練習により、反応速度が0.05秒向上した。
さらに、ピックルボールで培った戦術眼が新しい作戦を生み出した。4月20日の試合では、ベッツが二塁走者時に相手捕手のスローイング軌道を読み、ピックルボールで多用する「エルボーショット」(肘のスナップを利かせた鋭角な打球)を模した盗塁を決めている。
これらの事例が示すように、ピックルボールは単なる「流行」を超えてドジャースのDNAに組み込まれつつある。2026年シーズンに向け、フロントオフィスが公式トレーニングメニューへの採用を検討しているとの情報も流れており、禁止令の「裏側」で新たな可能性が育まれている。
エピローグ ラケットが繋いだもの
ベッツのピックルボール愛好がもたらした最大の功績は、チームの結束力強化だった。春季キャンプ中のピックルボール大会では、ベテランと若手が混合チームを組むルールを採用。ここで生まれた意外なコンビが、本シーズンの守備バランス改善に役立っている。
あるスクープ写真が物語るように、ベッツ邸のコートは今も大切に維持されている。2025年4月21日、大谷とベッツが深夜の特訓を再開した様子が目撃された。フロントの禁止令後初めてのプレーで、2人が選んだのは「サイレントルール」──声を出さずに手信号だけで戦術を伝え合う新たなスタイルだった。
このエピソードが象徴するように、ピックルボールは単なる趣味を超え、選手の創造性を刺激するプラットフォームへと進化している。2025年シーズン、ドジャースの戦いぶりから目が離せない理由がここにある。